春の日のネコ





僕は動物というものを飼ったことがない。

親や妹はモルモットや小鳥なんかを飼っていたが僕は自分から望んで飼ったことは一度もないし、子犬を分けてもらえるという機会があってもかたくなに拒否してきた。イヤな子供に思えるかも知れないが、小さい時から「飼う」という事に嫌悪感を持っていた。もし僕が動物なら人間に囲われて生かしてもらうなんてまっぴら御免、誰かにしがみついて暮らしたくはないと。

そんな去年の春の夜、一匹のネコに出会った。
仕事を辞めて自由気ままな時間を潰すかのようにベットに横になりながら無作為に本を読んでいたある日の深夜、外で数匹のネコの争う声が聞こえた。ここら辺は昼間だろうと夜だろうとお構いなしに犬もネコもウロチョロしてる。だからいつもは気にしないで放っておくのだけれど窓のすぐ近くで声が聞こえたこともあり、なにげに窓を開けて外に顔を出してみた。するとすぐ窓の下にまだ若い感じのネコが窓を開けた音に驚いたのか様子を伺うような目でこっちを見つめている。逃げるタイミングを計ってるのかそのネコは身体もしっぽも身動き一つせずこちらを見つめる。僕もそれに付き合うかのようにネコを見つめる、まるでにらめっこのように。見つめ合いは数分続いたのち、ネコの「ニャア」という短く可愛げのある声で終わりを告げた。ネコはその場所でちょこんと座り、しっぽをやわらかく動かし観察するように首をかしげながらこちらを眺めている。そんなネコを見ながら外の風に春の暖かさを感じ、少し窓を開けておきながら読書にもどろうとベットに横になる。

しばらくして窓の方でなにか音がして、フッと振り向くとネコが窓辺に立っていた。そして短い鳴き声を出しながらこちらを見ている。脅かして追い出そうかと思ったがそのネコのあどけない眼差しにほだされたのか負けたのか、ちょっと手を伸ばして呼んでみた。するとネコは部屋に入って寄ってくる。近くで見ると首輪がしてある、飼いネコか?人になれてるのかなと思ってとりあえずカラダを撫でる。ネコは特に嫌がりもせず悠然としっぽを揺らし部屋をキョロキョロしている。そのうち触られるのに飽きたのか、ネコは僕のベットに寝そべり毛繕いをはじめる。部屋の主をまったく気にせず。その気ままな様子がとても面白く感じて僕もベットに背もたれて読書の続きをする。同じ部屋にいるけどその存在はお互い気にしない、気を使わずご自由にとでもいったところか。空が白みだした頃、ネコは部屋に入ってきた時と同じようにふらっと窓から出ていった。はじめての夜はこんな感じだった。

それからは夜になると窓辺にそのネコが現れるようになる。窓辺に立ち一声鳴いて僕を呼ぶ。面白いことに手で呼ぶまでずっと窓辺で待っているのだ。まるで僕の返事を待っているかのように。

夜だけの同居人。これがしっくりくるような。
一緒にいるというが、お互い干渉せずに好きなことをして夜を過ごす。本を読んでる横でボールで遊んだり、ゲームをしてるとコントローラーのケーブルに絡んだり。別に話しかけたりもしなかったし、向こうから擦り寄ってくることもなかった。そして朝が近づくとまたどこかへ行く。そんなことの繰り返しだった。

一度だけドライブに付き合わせたことがある。早朝、ネコが帰ってから朝日を見ようと家を出て家の前のクルマに乗り込もうとした時、後ろでネコの声が。いつもと同じ、窓辺に立つようにドアの横で待っている。シートに座り、呼んでみると運転席の僕の膝の上を通り、助手席にちょこんと座る。なれているような仕草で。出発してもこの奇妙な同行者は助手席であくびをしたり顔をこすったりといつもと変わりない様子で気楽にしている。途中、コンビニに入る時も助手席でひとり遊んでいた。ネコの缶詰を買い、コンビニの駐車場でネコに餌をあげる。ネコは特に礼もせず(されても怖いが)ただ食べる 黙々と。帰路でも横で座り込んで一人でなにかしたり外をじっと見たり。家の駐車場に着いてドアを開けるとネコは僕が降りるのより先に飛び出してそのままどこかに消えた。そして次の日にはなにもなかったかのように部屋の窓に現れた。いつものように。

そして夏に近づき梅雨も終わる頃、ネコは姿を現さなくなった。
夏が過ぎ秋になってもネコはいっこうに姿を見せず季節は過ぎる。現れたのも不意なら消えるのも不意だ。元々飼われていた家に戻ったのか、どこか同じように夜の場所を見つけたのか、それとも死んだのか。それは僕には分からない。家の近くで見ることもなかったし見つけようとも思わなかった。外で見かけたとしてもたぶんネコは無視するような気がしていたし。僕もそれでいいと思う。窓辺に立つあのネコだけが僕の同居人だから。でもろくにかまいもせず餌もやらず、話しかけもしなかったというのにネコがいた夜の僕の部屋はとても心地よく楽しかった。


ネコに出会ってからもうすぐ一年がたつ。
僕は夜になると部屋の窓を少し開けてあのネコを待つ。


2000 4 21


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